2011年02月21日

自我偈

自我偈
『妙法蓮華経』(『法華経』)「如来寿量品第十六」の後半部分の韻文である。始まりが「自我得仏来...」となっていることから、通称「自我偈」という。古来『法華経』の核心部分とされ、歴史上の釈尊の本体が実は無限の過去に成仏し永遠の命を持つ法身如来であることが明かされる。天台や日蓮系の宗派で日常的に唱えられるが、禅宗や真言宗でも唱えることがある。

タグ:お経
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2011年01月22日

三自帰

「三(自)帰」について
「三帰依文」ともいう。『華厳経』「浄行品第七」の中に説かれる文章で、仏・法・僧の三宝に帰依することを表明する文言として用いられている。仏教徒である証しは三宝に帰依をするか否かによる。即ち覚者(仏)とその教え(法)とそれを信じて修行する人々の集まり(僧)を大切にし敬う者が仏教徒なのである。よって各宗派共々多少文言は違っていても勤行の初めには三宝に帰依をする言葉を唱える事が常である。


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2010年12月16日

開経偈

無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇
我今見聞得受持 願解如来真実義

むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそうぐう
がこんけんもんとくじゅじ   がんげにょらいしんじつぎ

無上甚深微妙の法は
百千万にも遭い遭うこと難し
我今見聞し受持することを得たり
願わくは如来の真実義を解し奉らん

この上もなく深く尊いこの法(教え)にめぐり合うことは、
百千万年という長い長い年月の中でもなかなか難しいことなのに、
今、私はこうしてこの法文(ほうもん)をいただくことができました。
このご縁を大事にして、み仏様の教えの真実の意味を理解するように、
つとめたいと願います。

本題のお経を唱える前に唱えます。


タグ:仏教 お経
posted by 本寿院 at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お経 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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